ハノイ2年目の誕生日
2年前の今日、蒸し暑い夜のノイバイ空港に降り立った。
例によって、特に熱い気持ち、夢や希望も将来計画など特になかったが、あのじんわりとねっとりとした暑さに、これから面白くなりそうだな、と思った。
1年前はコロナのロックダウンで多分静かに過ごしていたのだと思う。
この2年の間に何をしてきたのか、どんな変化があったのかなど振り返ってみよう。
仕事の面で言えば初日から取り組んできたPizza 4P's Hai Phong を竣工させることができた。
Saigonの橋のコンペも勝ち取ることができた。
Vietnam Airlinesのランドスケープデザインはあと少しで着工というところでコロナが起きて凍結、Thuy Khueアパート内装は仕事にならず、オフィスの内装の仕事はコンセプトデザインが通ったところ。そして来週からは新しいレストランの仕事が始まる予定。Binh Duongのプロジェクトは着工したが、自分の関わり方を考えるといま一歩納得はできない。ビラもお手伝いしかしていなかったけど施主にはしごを外されてしまった。
まあ、そんな感じで比較的仕事の質も量も恵まれており、いろいろな経験をして苦しんだり楽しんだりしている。
一応、日本を出発するときには、仕事のことを考えると最低2年はいることになるだろうと考えていたが、まだまだ未熟な自分をアップデートしていくためには少なくともあと数年は修行だ。
経済も右肩上がりで、スピードが早いベトナムにいるので、どんどん設計をしてどんどん竣工させて、実績を積んでいきたい。
生活。
2年前、空港からホテルに着いて、せっかくだからビールでも飲もうと思って、路上の婆さんが売っている缶ビールを買って飲んだ。その時巨大なゴキブリがカサカサ動いていてふと目を離した際にもういなくなっていた。そんなことがいまでも鮮明に思い出せるのだが、あのときもなんともシンクロ感というか、居心地の良さみたいなものがあり、その感覚の経験が連続して、いつの間にか2年が経っていた、という感じだ。
大気汚染で健康被害は心配になるし、つい数日前にはクラフトビールアレルギーによる喘息(多分)で死にそうになった。今回は本当に辛かったので翌日病院に行った。これも2年で初めてだった。幸いなことに交通事故や、それに近いことも起きていないし、酔っ払ってのアクシデント系は到着3日後に飲みすぎて財布をなくしたくらいか。最近はお酒の量も減らしているので健康的でもある。通勤で毎日20分x2ほど自転車をこいでいて、最近はスポット的にテニスをしたりしている。
1つ目の家に住んでいたときは、定住することに恐れというか不安を感じていたので、持ち物も最小限だったが、引っ越しを繰り返すたびに(今の家は4軒目)植物は増えていき、魚も飼い、最近は亀まで仲間に加わった。前の家から育てていたじゃがいもは引っ越しの際に死んでしまったようだが、今日掘り返してみたら小さなベイビーじゃがいもができていた。
これまでにトマトの他にやオクラ、サラダ菜なども収穫した。果物の種から育てているものの種類は片手では数えられないだろう。その他の植物たちはあまり変わり映えのしない、といったら失礼だが、拾ってきたものやレスキューしたものを株分けして増やしているものがほとんどなので種類はかなり少ない。
それでもバルコニーを覆い尽くすように緑が増えていくのは心地の良いことだ。
今の家に引っ越す際にLyと一緒に住むようになった。
昨日はTrongを家に招いて食事をした。
2年でまさか自分の生活がこのように変化するとは思いもしなかったが、なんともスムーズに何もかもが起こるべくして起こっているように、淡々と事実が積み重なって暮らしが続いている。実に面白い。
自転車で街を走っていると新しい発見があって飽きない、というのも2年経っても変わらない。よほど頭が悪いのか、相当なスピードで街がアップデートされているのか、いずれにせよこの街は面白い。
旅行はほとんどしておらず、それは残念な点なのでこれからはどんどん外に出るようにしよう。
美術館に行くこともなくなり、質の良い映画も見なくなったので文化レベルはものすごい勢いで劣化している。お金も十分にあるわけではないが美味しいものを食べて、美味しいお酒を飲むことは時々している。相変わらず友達は少ない。
これからどうするのか、ということを考えたり話すことはよくあるのだが、川の流れに身を任せようと思う。ハノイに住み続けたいとか、日本に帰りたいとか、どこそこに行かなければならないとか、そういうことは一切ないので楽であるのだが、いずれまたどこか別の場所に行って、生活をしたいと思っている。それが何年後か、とか計画もないが、家族ができても、こういう調子で生きていきたい。
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