2022年の5大ニュース
年が明けてしまったが2022年の5大ニュースを記録しよう。
そもそも、この年末はいつも以上に年末らしくなく、そして忙しかった。
テトが今年は早いということもあり、街はまあまあ正月風情なのだが、いかんせん仕事やら何やらは特に休みの感じはなく、通常運転で、かつ一つのプロジェクトの図面アップデート締め切りが12月31日ということだったので、大晦日は土曜日で会社も休みだったが1人出社して黙々と作業をしていた。
元旦も午前中は別件の仕事をするために出社していたので、本当に全然年末年始という感じではなかった。
これも、Lyちゃんの仕事が通常運転ということもあり、1人でなにかするわけでもなし、やらなければならないことはたくさんあるので必然的だった。
さて、本題の5大ニュースだ。
大晦日の夜にLyちゃんと年越しそばを食べたあとに話をしていた順に書いていこう。
1. THD (Tran Hung Dao Bridge Competition) に勝ち、LHP (Luu Huu Phuoc) プロジェクトが竣工した
橋のコンペは3年前のLa Saigonからすでに5件以上携わってきたが、この大型のコンペに勝ったことは非常に嬉しい。しかも、一般の人に広く知られており、かつ支持されているのでなんとも喜ばしい。このコンペは最終盤は事務所に対してブチギレていたのでプレゼン前日の打ち合わせも参加せずに帰宅するなど、円満ではなかったのだが、何より、このコンペの提案の核心部分が自分の一言から始まってすべてが組み上がっていたことが喜びであり自信にもなった。
ボスが作っていたただの形遊びだけのコンセプト模型を見たときに、インフィニティリングが見えた。それからこの提案をインフィニティハノイと呼び、年の永遠の発展のシンボルとしてデザインやプレゼンテーションを構成していった。
形に関してはこのときはほとんど触らず、とにかくストーリーと画作りをしていたのだが、それが完全にハマって勝利へと導いたのでこの貢献は大変大きなものだった。その直後に参加したHai Phongのコンペでもタイトなスケジュールの中、今度は形とストーリー両方を作っていったのだが、これは次点に終わった。
LHPはCamilleと2人きりで進めてきた(Camilleなきあとは1人きり)プロジェクトで、最初は小さなオフィスのインテリア200平米×二層だし、設計料も安かったので、大きなプロジェクトのつなぎのような、流しの感覚でやっていたのだが、クライアントとのコミュニケーションから、中途半端な分離発注方式の現場などに手こずり、更にコロナのロックダウンが直撃し、まったくもって想定通りに進まなかった。だが、竣工してみるとクライアントには愛されるデザインとなり、施工のクオリティも高く、竣工写真もバッチリ決まり(1つはLyちゃんと自分がモデル)、大満足だったのだが、まさかのArchdailyを始めとした海外メディアには受け入れられず大きな落胆を経験した。とはいえ、年末には2022年のベトナムの最高の建築賞を決めるAshui awardに両方ともノミネートされるなど(受賞はできず)、これもまた想定外の喜びであった。(THDはFuture projectとして受賞)そして、年末には同じクライアントの同じビルの1階と6階で依頼されていた新しいデザインのカフェとボスの屋上庭園もこれまた大変な紆余曲折を経てほぼ竣工した。
2. 一級建築士試験の勉強、一次合格、二次不合格
思えば、ベトナムに来た年は勉強に励んでいたが一次試験で不合格。それからコロナで帰国ができず三年ぶりに臨んだ一級建築士試験。今回はしっかりと着実に勉強をして、理解した上で合格するという目標設定をしていたのでかなり長い期間をかけて孤独に勉強をしてきた。教科書を読みすすめること半年以上、それでも全く実力はついておらず最後の2,3ヶ月はなるふりかまわず勉強しまくるも、まだまだ合格には遠く、試験一週間前に帰国すると家族から病気をもらって2,3日寝込むなど、圧倒的に不利なドラマが待ち受けていたのだが、蓋を開けてみれば楽勝の合格だった。
次の二次試験は学校に通わないと無理、製図板がないと無理、などという評判を吹き飛ばしてやろうとベトナムの製図板で勉強を始めるも完全にドン・キホーテ状態だと知り、たまたまいいタイミングで遊びに来てくれた千尋に製図板を持ってきてもらい、そこから猛勉強が始まったがどうやらまだまだ合格に達する能力を有していなかったようだ。
これだけ一心不乱に勉強し、精神状態も荒れるに任せるようなところまで自分を追い込んだのは初めてだったのではないだろうか。とにかく、そんなこんなで落ちたのだからどうしようもないのだが、勉強を楽しんだ日々でもあった。Lyちゃんには大変迷惑をかけてしまったので、今年で終わらせたかったが、実力がついて自信を持って合格できるようになるまではこの試練に耐えていかねばならない。
3. おばあちゃんの死
胃がんで昨年末に逝ってしまってもおかしくなかったのだが、驚異のしぶとさで生きながらえた祖母。昔からシンパシーを感じていた人だったので、死んでしまったことは残念でならない。また、祖母の死を受けて、前に亡くなった友人のことを思い出したりして、死んだ人にはもう会えないのだという当然のことを考えるにつけ、死にたくない、周りの人に死んでほしくない、という考えを強く持つようになった。
4. ウクライナ戦争と安倍晋三暗殺
暗いニュースが続くが、自分が生きている間にこのような戦争が再び起こるとは思っていなかったし、この戦争の影響はベトナムに住む自分の日常生活のそこかしこにも現れており、また、この戦争が撒いた新たなる脅威の種にも危機感が募る。そして安全と信じられていた日本において元首相が銃撃によって殺されるという事件。これには心底落ち込んだ。
命の重要さを噛み締めた日々であった。
戦時下のウクライナの苦しさはまだまだしばらく続くだろうが、どうか2023年は少しでも平和で愛のある年になってほしい。
5. Lyちゃんと婚約
確実に自分の人生において大きな転換点となるような一大イベントなのだが、実際のところは日常の一コマのようにも感じられていて、だからこそいいのだろうとも思っている。婚約をすることを考え始めたあたりから、そして当然婚約をしてからは、これから始まる家族生活というものについて考えを及ばせざるを得なかった。
これからどんな人生が待ち受けているのか、それはわからないし、河の水面に落ちた葉っぱのごとく流れに従って楽しく生きていければいいのだ。
おわり。
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