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職なし、

退職の話をした時に妻はあなたは一週間も経たないうちに仕事がしたくなると言われた。

意外なことに、職なしになって2ヶ月近くが経ったが、今でもフレッシュな状態でこの環境に身を置いている。

毎日何をしているのかと言うと、何もしていない。

毎日、あれ今日は何をしたのかと考えて答えが出ない日々だ。


赤ちゃんにおっぱいをあげるという最も大切な仕事がある妻は一日中家にいて、ほとんどの時間をベッドの上で過ごしているがそれでも赤ちゃんは日々少しずつ成長していてそれを育てているから同じ毎日でも有意義だ。毎食同じものを食べて同じことをしていても、赤ちゃんの成長を間近で見られるだけで幸せだろうし、充分刺激的な日々だろう。


翻って自分は、職はなくなったけど健康状態や能力には変わりもなく、ただ家で時間を過ごしている。

掃除や洗濯、料理は義母がいない間はしていたが今はそれもしていない。


朝起きるのは9時過ぎ。

義母が用意した朝ごはんを食べて新聞を読んで、Archdailyの批評を書き、その後少し赤ちゃんの様子を見て、本を読むか、作業をするかしているうちに昼ごはん。午後の時間は赤ちゃんの様子を見ながら作業をしたり、映画をながら作業をしたり。そのうちに夕飯。食後は赤ちゃんの様子を見てシャワーを浴びて、赤ちゃんの様子を見ながら本を読んで、だいたい10時頃に赤ちゃんが寝たら寝室から出ていきアナザー寝室とは名ばかりのリビングの硬いマットレスのソファに身を落ち着かせ映画を見て真夜中過ぎに就寝する。


つまり、毎日9時間近く寝ているのだが、毎朝眠いし、時々昼寝もする。

子供が生まれる前は10時過ぎに寝て6時過ぎに起きていた。

睡眠時間は約8時間。

日本人的には充分かもしれないが、それでも世界的には8時間でも足りないらしい。

となると、毎日9時間寝られているのは(しかも新生児がいるなんていう状況ではありえない)幸運。


さて、なぜこんなことを考えているかというとなぜこんなにも眠いのか、ということだ。

卒業論文を書いていたときは毎日きっかり6時間の睡眠で一ヶ月ほど過ごしていた。

かなりキツかったが使命感と情熱があったから機械的にその睡眠サイクルを保っていた。

いまは日中特にやるべきこともないし、何かをやりたいという情熱もないので起きる必要がない。だから眠りこけているのだ毎日。


では日中の作業とはなにかというと、最初は10年近く主にArchdailyから溜めてきたレファレンスを整理する作業。次にフリーランサー業を始めるための準備など、昨日からはCVをAiファイルからWordで書き直したり、あとはこのブログを書いたり。


会社にいたときはBBCやら空気階段の踊り場やらを聞きながら、あるいは時にはYoutubeの動画を聞きながら作業をすることもあったが、今はNetflixで映画やYoutubeの動画を見ながら作業をしている。

このときの作業効率たるや恐ろしいほどの悪さだし、作業をしているのか映画を見ているのかわからないし、どちらに対しても愛も集中も無い。

なぜこんなことを書いているかと言うと、事務所の若いスタッフたちは仕事中に映画やYoutubeをデュアルスクリーンで見ながら作業をしていた。彼らは自分より若い世代なのでずっとそういうデュアルタスクに慣れ親しんでいることだろうが、やはり集中力は全くもって散漫だ。こんなことは許されない。だからテック大手などがリモートワークからオフィスワークへと回帰しようとしているのだろう。


今後自分がきちんと仕事をするようになったら少なくとも1つの作業に集中できる環境を作り出したい。

そして、いかなる仕事も100%の集中力で臨むようにしよう。


とはいえ、あまりにも見たいものが多すぎる。

そして、どれも倍速とか何かをしながら見ないと時間がもったいないと思えてくる。

これがエンターテイメントの津波か。

確かに、数年前に自宅でゆっくり映画を見て満足していたときが懐かしい。


















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