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ウェットな関係

艶めかしい話ではない。


 ベトナムでは、工事はもっぱら湿式工法が主流である。日本では木造の場合殆どの工程が乾式工法で行われ、鉄骨構造やRC造でも乾式工法が主流だ。なぜか、日本の場合は規格化された工業製品を効率よく使うように設計し、それが工事現場で実践される。ここまでに至る道は決して平坦ではなかっただろう。先人たちの築き上げてきた建築文化に感謝である。一方、ベトナムでは規格化された工業製品を使うよりも安い労働力と安い材料(レンガ)を用いることで建設できるため、(いまのところ)いつまでたっても湿式工法が主流であり続ける。焼成煉瓦はCO2排出量が非常に大きく、運搬にかかるCO2排出量も(おそらく)多いので地球環境的にはあまりよろしくないだろうが、レンガを積むことで耐火性能をもたせられるし、曲面などの造作も比較的容易にできるので目くじらを立てる必要もなさそうではある。どちらが良くてどちらかが悪いということを言いたいのではない。


 乾式工法と湿式工法の大きな違いは、生身の人間の介入の度合いにあると考えている。乾式工法の場合は職人が構造となる木材や軽鉄を並べてパンパンと打ち付けて固定していく。その後に石膏ボードなどをまたしてもパンパンと打ち付けていく。機械の手先となり、釘打機に支配されている職人と言っても良さそうな風景である。一方湿式工法ではドサドサと置かれたレンガの脇で現場練りのモルタルを作っていく。モルタルの形になる前に、砂を網で選りすぐる作業などもある。こねられたモルタルは各職人の担当する壁の近くまで持ってこられ、そこからベタベタとモルタルとレンガのミルフィーユが積み重なっていく。壁が立ち上がると後日仕上げ下地用のモルタルを壁一面に塗りたくり、平にしていく。どれも、手が、複数人の手によって出来上がっていく。


 この湿式工法で見られるウェットな関係性は日常生活でも多く見られる。例えば、バイクを運転している人はウィンカーを出したりしない。その代わりに、ボディランゲージで手をひらひらさせたりアイコンタクトを取ったりして自分がここにいますよ、私は右に行きたいですよ、ということを相手に気づいてほしいと伝える。受け取る側はその状況にアウェアでなければならず、そこに一瞬の駆け引きのようなものがあり、車線変更が可能になる。すべての人が交通ルールに従っていればこんな無意味なコミュニケーションは必要ないのだが、みながみな好きなようにやるので、そのためには必要なウェットな関係性が生まれざるを得ないのである。得てして、これは社会全体をかなりスローなテンポにしていることは明らかで、(高速道路でこんなことはできないことは想像に容易いだろう)この国の低い生産性にも濃い影を落としているように思える。しかしながら、人間生活というものは生産性とスピードだけで図れるものでもないので、それが悪いわけではないし、自分もある程度好んでいるものなのである。

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