レファレンス

かつて日本の建築事務所でバイトしていたときに、君のレファレンスの少なさには驚く。一体そんなことでどうやってこの先設計していくことができるのかわからない。と言われたことがあった。


確かに劣等生で大学生活を送っていた私としては建築の知識は乏しいし、記憶力も悪いのでなかなか狭い知識の中でやっていたのだが、その時はそんなものなくとも建築以外のいろいろなところから吸収したもので自分は設計をするのだ、と大見得を切っていた。


大学院の修士設計の講評でも建築を1から学びなおしたほうが良いと言われた。


ベトナムに来て半年くらいたって自分がデザインを出来ないことを痛感した。


最近事務所にある本を読んだりパラパラめくっていたらボスの作るデザインのソースがほぼ全て発見出来てしまった。


そんなことがあったので、自分が集めてきたレファレンスを整理してみようと思い立った。

主にArchdailyで見つけた気に入ったプロジェクトの写真をためてきたものだが、合計4500枚程度あって、どうやってソートすべきかもわからなくなっている。


最近のデザインはPinterestを見てなんとなくそのイメージの継ぎ接ぎで完成する、ということを批判しているスタッフがいたが、Pinterest自体使ったこともない自分にはちょっとピンとこなかった。


自分のレファレンスを整理することはPinterestで見つけられる膨大なイメージと種類から切り離されるが、それなりのストーリーを持っている、のであるがなかなか使いやすいようにハンドリングするのは至極難しい。


本を見て、そこからアイデアを得て、それをデザインに活かすことと、Pinterestを見て、そこからアイデアを得て、それをデザインに活かすことの何が違うのか。

根本的な違いは、いかに参照先のプロジェクトへの理解があるか、と自分のプロジェクトへの理解があるかという程度問題であろう。


Pinterestのツギハギでデザインが完成してしまうというのはArchdailyをみていてもすぐに分かる。なぜならそれはとても薄っぺらいからだ。テキストを読まなくてもなんとなくわかってしまう。あーこれはあれっぽいやつをこうした感じだな、というやつだ。説明が上手であれば何かしらできるだろうが、その興味すら起こさせない。


さて、自分の設計を振り返ったときに見えてくるものはなんだろうか。

上述のことに近いことは往々にしてあるのだが、考え抜いたことが見えてくるかどうかということで、パッと見の印象が全く異なる。なんというか、ゲニウス・ロキというか、そういうものがあるかないかは一目瞭然なのだ。

設計ツールが便利になって、レファレンス整理も便利になって、それっぽいものを作るのは非常に簡単になったのだが、それが仇になって、中身のないものが世の中に溢れ出しているのかもしれない。


写真はハノイ旧市街で見つけたモダニズムの敗北。


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