言語、記憶、忘却

1984年を読んで慧眼だと感じたのは国家という目に見えるようで普段は見えていないものと自分の人生というものの関係性と、言語がそこにどのような働きをしているかを示していたことだ。

外国語を学ぶと母国語にはない概念があることを知る。

例えば英語でI miss youという表現があるが、この概念を日本語では上手く説明できない。

これがフランス語になるとTu me manquesとなる。これまた英語とは別の概念である。

この2つの似たようで異なる概念を知ってから自分の感情というか感受性の語彙力が2つ分増えた。

そうやって人は言語を通して様々な概念を獲得していくのだろう。

上述は多言語を介したものだが、当然母国語の語彙を増やしていくことで同様のことが可能になる。

それが赤ちゃんと大人の違いだろう。

1984年のなかではニュースピークという新しい言語を国家(党)が作り出している。

これは英語を基本とした新しい言語だが、限りなく語彙を削ぎ落として意思疎通を可能にするものである。形容詞も名詞も動詞も限りなく減らすことでとことん国民の持つ様々な概念の幅が狭まっていく。

なんて悲しいことだろうか。

「愛」という言葉がなくなった時にその概念はなくなるのだ。

当然党は歴史を書き換える、あるいは抹消してしまうことによってかつてあった「愛」という言葉と概念をなくしてしまう。

戦争で美術品や建築を破壊していたことはこれと同じことだが、あってはならないことだろう。

本の解説にはこんなことが書いてあった。

ただそれ自体のために権力を行使すること、そして、思考の乗り物である記憶と、欲望と、言語に対する仮借ない攻撃を行うことのみに向かっているのだ。

そうか、記憶というのは思考の乗り物であったのか。

そうはいっても人間は忘却を続けながら都合よく生きている。

そんなことから果たして人のためだけに生きるということは可能なのかどうかをここのところ考えていたが、それは不可能なのだろうと思った。

果たして何を書いているのかわからなくなったところでこの文章を終わりにしよう。

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