建築の話

23.05.2020

 

前々から建築に関する考察というか、関心事などを書こうと思っていたがなかなかはじめの一歩を踏み出せないでいた。

仕事の関係で受講したセミナーの先生の著書を読んだら一分メモなるシステムと言うかメソッドが紹介されていた。A4の紙に思っていることを一分間で書き留める。一つのテーマに対して一枚でそれを一分で書く。それを毎日10枚ずつ続けると頭が良くなるということだったのでやってみた。

頭が良くなったかは不明だが、やらねばならないと思って先延ばしにしてきたようなことを始めるいい機会になったと思う。それに少しずつ頭の整理が出来てきたようにも思う。

 

さて、そんなこんなで建築の話を書いてみよう。

 

https://www.archdaily.com/939742/house-in-nishisakabe-maki-yoshimura-architecture-office-myao?ad_medium=widget&ad_name=navigation-next

 

これはArchdailyに載っていて見た瞬間にゾクッとした作品だ。

石山修武が世田谷ハウスのために描いたドローイングで、親世帯の既存住宅の上にまたがるようにして子世帯の新しい建物が建っている。親世帯の日本家屋の屋根裏部屋みたいなところで性交している男女が描かれているものを思い出した。それは一体何を示しているのか不明だったが、建築の建て方的には子世帯が親世帯をレイプしているようで、その犯されている日本家屋の中でも関連した出来事が起こっている。まったくもって驚きの世界観だ。

 

この作品もそれに近い暴力性をはらんでいる。誰がどう見ても、新しい建物が古い建物に乗っかっている。それは新旧の対比とか既存の尊重とかそういう次元のリノベーションの作法を吹き飛ばしている。

既存建物に触らず、新しい建物を覆いかぶせる方法は、既存建物をそのままにして保存するという観点では有効な手段だが、ここではそのような意志は働いていなさそうだし、ザハの作品みたいに新しい建物が特別な形をしている、とかいうわけではない。キメラ的なのだ。

そんなことを外観写真を見て考えていると、中はもっと攻撃的で暴力的だった。既存の要素をアッセンブルしたり、謎のアーチ型の扉を残してそれを依り代にして廊下の空間を作ったり、それはかなり悪趣味というか嫌味に見える。

 

各所に批判性を持っているが、新しい建物の内観がオソマツなのが残念。既存を目一杯レイプしてやっているからそこに関わる部分はデザインの依代がいくらでもあるのだが、まったくもって新しいボリュームの内観はコンテクストが無いからデザインできない、という感じ。合板仕上げで、サッシの収まりなどもふつう。

自分だったらどうするかを考えてみると、

①スーパーソフィスティケートなミニマルなインテリアとして、金属と石で表現する。それは既存の木造というものに対する対比であり、野暮ったい木造木質のインテリアへの批判でもある。

②色を使う。既存との取り合い部分では要素が氾濫しているが、灰色と茶色の組み合わせだ。色を使うことはこれに対する対比として、そしてこの画一的な風景に対する批判でもある。

あまりジャンプしていないな。

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